61社応募して、フリーランスを続けると決めた話

フリーランス歴10年のフロントエンドエンジニアとして、今年のゴールデンウィーク明けごろから正社員への転職活動をしていました。直近で目指していたのは、一人のエンジニアとして組織に入ることです。テクニカルディレクターやエンジニアリングマネージャーといった道も、将来的にはぼんやり視野にありましたが、そこを狙っての転職ではありませんでした。

結果は、61社に応募して11社で面接、内定は0社でした。そして、いったん会社員への復帰は見送り、フリーランスを続けることにしました。

この記事は「正社員になるべきか、フリーランスのままでいるべきか」への答えではありません。私がどう動き、何を見て、どう決めたかの記録です。逆の結論を出す人も、同じくらい合理的だと思っています。

なぜ転職活動を始めたのか

きっかけは、体調が回復してきたことと、40歳という節目を迎えたことでした。

2年前に体調を崩して以降、しばらくは仕事をセーブしていました。それが今年になってだいぶ安定し、フルタイムに近いところまで働けるようになっていました。

一方で、仕事ではスキルが頭打ちになっていると感じていました。フリーランスは、自分のスキルを業務委託先に提供するのが一般的です。そこには実務経験が求められるため、新しい技術を学んで案件を探しても、実務経験がなければ案件の獲得はかなり険しい道になります。結果として、実務で使っている範囲でしか、スキルが広がりにくくなっていました。

さらに、AIの普及でプログラミング以外のスキルも伸ばす必要があると感じました。開発の上流にあたる要件定義や設計、あるいは採用やチームビルディングなどのスキルを伸ばすなら、組織の中に入るのが近道。これが、会社員に戻る機運を高めた理由です。

条件として譲れなかったのは、フルリモートで働けることです。体調が戻ってきたとはいえ、出社を伴う働き方には、まだ自信がありませんでした。

61社に応募して、何が起きたか

応募はリクルートエージェントを中心に進め、61社に出しました。

応募を始めてから中断するまでは、約3ヶ月でした。中断した時点の結果は、選考中が1社、不合格が57社、選考の途中で辞退したのが3社、内定は0社です。

不合格57社の内訳は、書類で落ちたのが46社、面接まで進んで落ちたのが11社です。つまり、書類が通ったのは15社で、そのうち面接まで進んだのが11社、残りの4社は辞退3社と選考中1社でした。辞退3社には、コーディングテストで辞退した企業を含みます。面接まで進んだ11社は、すべて不合格でした。

書類で苦戦したのは、10年のフリーランス経験をどう見せるかでした。案件ごとに担当範囲は違いますが、要件の整理から実装、運用まで一人で持つ場面が多く、そこは強みだと考えていました。一方で、チームを率いた肩書きがあるわけではなく、組織に所属することに大きなブランクがあります。不利になるだろうと予想していましたし、担当のエージェントからも、そこを懸念する企業はあると言われました。

面接で特によく聞かれたのは、フリーランスとしての実績の深掘りと、AIを実務でどう活用しているかでした。クライアントワークを行っていた時代の制作実績をもとに、どのような役割を担っていたか、苦労した点は何かを、思い出しながら説明しました。AIの活用については、ただタスクを投げるだけでなく、AIに渡す指示や制約(ハーネス)を先に固め、最初に設計プランを作りきったうえでコーディングに入る、というフローを説明しました。

想定問答はAIと壁打ちすることで短時間で用意でき、仕事の合間を縫って活動する身には、とても助かりました。面接のたびに問答集を更新していくと、受け答えも少しずつ上達している感覚がありました。

コーディングテストで苦戦した

選考にコーディングテストを課す企業も少なくなく、最初のころは結果も散々でした。そもそも「標準入力・出力」という言葉すら知らず、問題を見て、できないので辞退しますと連絡した企業もあります。

実務で書いているコードと、アルゴリズム系のテストで求められる力は、別物だと痛感しました。paizaに登録し、時間を見つけて練習を重ねた結果、コーディングテストを通過することも増え、自信につながりました。

自分の見立てが外れていたこと

見立てが外れていた点が、2つあります。

1つ目は、スキルです。「頭打ちだ」と感じていましたが、自分の足りない部分と、市場が求めているものの両方が、はっきり見えました。自分のレベルを測る物差しが、実務の中だけだったのだと思います。具体的には、次の3つです。

  • AWSなどのクラウドインフラの経験が、圧倒的に不足していた。(背景は、1本目の記事「業務委託中心のチームで、私のDB設計が伸びなかった理由」に書いています。)
  • 私が応募した範囲では、SupabaseやVercelを使っている企業は1社もなかった。自分が実務で使ってきた技術が、応募先では使われていなかった。
  • フロントエンドとバックエンドの垣根が曖昧になってきており、フルスタックに見られるエンジニアの求人が多かった。

2つ目は、体調です。フルタイムに近いところまで戻ったので、会社員としても働けるはずだと考えていました。これは、次の章で書きます。

フリーランスを続けることにした理由

一番大きな理由は、体調です。

活動を始めて2ヶ月ほど経ったころ、外出先で倒れそうな感覚に襲われました。原因は分かりませんが、それをきっかけに、体調がまた不安定になっていきました。

それでも、自分でも大丈夫なのかと思いつつ、その後も約1ヶ月、活動は続けていました。ただ、妻の「フルタイムは難しそうじゃない?」という一言で、改めて立ち止まり、会社員への復帰をいったん断念すると決めました。

正社員になれば得られるものは、魅力的でした。収入の安定、社会保障、組織で働く経験など、どれもフリーランスでは得難いものです。それでも今は、体調と相談しながら、働くペースを自分で調整できることを優先したほうがいいと判断しました。

2022年10月から同じ業務委託先で働いていて、約4年になります。とても働きやすく、私の体調にも理解があるので、これからもこの縁を大事にしていきたいです。

ただし、会社員への道を閉じたわけではありません。体調が落ち着き、安心して働けそうな会社に出会えれば、また検討するつもりです。

正直に書いておくと、内定は出ていません。選べる立場にいながら見送ったわけではなく、体調を理由に中断したので、続けていたらどんな結果になったかは分かりません。それでも、今回の61社は「諦めた」ではなく、「今は見送った」という位置づけです。

逆に、同じ状況でも正社員を選ぶ人はいると思います。社会保障の手厚さ、休職制度、チームの支えなど、体調に不安がある人でも、フリーランスよりむしろ安心して働ける場所はあります。それは、とても合理的な判断です。

まとめ

結果は内定0でしたが、得られたものはありました。職務経歴書を書くだけでも、自分の実績を客観的に振り返ることができます。書いてみると、自分が思っていた以上にいろいろなことをやってきたのだと気づき、自信になりました。選考の中でその自信が揺らぐ場面もありましたが、悲観しすぎることはありませんでした。

転職するつもりがなくても、職務経歴書は一度書いてみる価値があると思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました